「中国企業で活躍している外国人職員に耳を傾けよう」シリーズ(三)
上汽通用五菱(SGMW)インドネシア汽車有限公司副総経理潘睿君(Arif Pramadana)氏:第一台の中国ブランド自動車のラインオフに立ち会い、誇りを感じた
インドネシアである米国の自動車会社で長年勤務してきた潘睿君氏は、2015年11月に上海汽車通用五菱インドネシア汽車有限公司に入社した。「インドネシアで事業を展開する第1社の中国の自動車メーカーで働くことは、新たな挑戦に直面することを意味した。「第1台の車がラインオフしたとき、私は非常に誇りを感じた。いつか孫たちに、あなたたちの祖父がその成功した会社の一員であることを伝えようと思う」と。
工場建設の辛さと成果は忘れられない
6年余り前、潘睿君氏が五菱インドネシア公司に入った時、会社はまだ工場を建て始めたばかりの段階にあった。工場を建設する時の辛さは今も鮮明に覚えている。「ちょうどインドネシアの雨季で、土が湿っていて、何ヶ月も工事ができなかった。施工者たちが5メートルの穴を掘ったのに、あっという間に巨大な貯水池になってしまった。工場建設の時間が厳しくて、チームは大変であった」と彼は話した。
インドネシアチームは最終的に第1台の車のラインオフした瞬間を迎えた。「その瞬間、すべての困難、すべての論争、そしてプロジェクトが時間通りに終われないことへの懸念をすっかり忘れた。私たちは新たな一里塚を迎えた。もちろんこれからもさらに長い道があり、一歩一歩着実に歩んでいかなければならない。」
現在、潘睿君氏が当時目にした「一面の平地」はすでに敷地面積が60ヘクタールで、完成車製造工場と部品サプライヤーを含む工業パークになっており、またサプライチェーンシステム、製造システム、販売サービスシステムを含む完全な産業チェーンを形成している。
「家」の雰囲気は忘れられない
潘睿君氏は五菱の製品は当初インドネシア市場でそれほど期待されていなかったが、五菱は一車種一車種をしっかりと打ち出して消費者の信頼を博してきたと率直に言った。五菱インドネシア公司が自分に全く違う体験を持ってきたと彼は思っている。「会社は特に従業員たちの福利厚生とチャンス、成長にも関心を寄せており、『家』の雰囲気が強く感じる。」五菱インドネシア公司は、セキュリティプロバイダー、飲食プロバイダー、清掃サービスプロバイダー、部品サプライヤーなどの現地会社と契約を締結することにより、インドネシア現地の企業の経営をサポートする。また、現地で植樹をしたり、地域住民にお祝いの特別なプレゼントを贈ったりするなど、企業の社会責任活動を周辺地域に提供している。「製品・サービスに加えて、我々はまたこれらの具体的な事柄を通じてインドネシア人の中国企業に対する見方を変える」と潘睿君氏は言った。
中国でのすべては忘れられない
1996年7月、仕事の関係で、潘睿君氏は初めて中国に来た。「目を見張るような経験であった」。その後しばらくして、彼は上海に引っ越し、GMチャイナ(GM China)と上海GM (SGM)で2000年初めまで働いた。「上海で一番感じたのは、発展が早くて、行くたびに違うようになった。外灘、南京路はとても素晴らしい場所である」
中国で仕事・生活していた間、彼は忘れられないことをたくさん経験した。これらの記憶は非常に細かいが、彼の頭にずっと残っている。「私の中国人同僚は皆とても親切で、喜んで人を助ける方である。彼らから文化について多く学んだ。それに皆は一生懸命に働いている」。中国で仕事をしていた間、中国語の勉強に励んできた潘氏は、中国語は今後国際語になると考えている。「私は中国語の読み書きはできないが、中国のニュースは世界に影響を与えているので注目している」